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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)238号 判決

東京都武蔵野市吉祥寺東町四丁目九番九号

原告

松本忠東こと李忠東

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号

被告

武蔵野税務署長 櫻木忠勝

右指定代理人

森悦子

堀久司

光吉正博

須川光芳

林裕之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成四年三月一二日付けでした原告の昭和六三年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告はその父松本祐正(以下「祐正」という。)との間で昭和六三年三月三〇日に別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき代金額を六億一〇〇〇万円とする売買契約を締結し、本件土地の譲渡を受けたと認定した上、右譲渡が相続税法七条に規定する「著しく低い価額」による譲渡に該当し、同条の規定により、右代金額と本件土地の時価との差額に相当する金額を原告が祐正から贈与により取得したものとみなされるなどとして、原告に対し昭和六三年分の贈与税の決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件各処分」という。)をしたのに対し、原告が、右売買契約が昭和六三年三月三〇日に締結されたとの被告の認定は誤りであり、右認定を前提としてされた本件各処分は違法であるとし、その取消しを求めた訴訟である。

一  争いのない事実

1  原告は、祐正との間で本件土地につき代金額を六億一〇〇〇万円とする売買契約を締結し、本件土地の譲渡を受けた。

本件土地の売買契約に関しては、昭和六二年一二月一五日付けの売買契約書(以下「昭和六二年契約書」という。)と昭和六三年三月三〇日付けの売買契約書(以下「昭和六三年契約書」という。)が作成されている。

原告の会計帳簿の昭和六二年分の租税公課勘定には、昭和六二年一月二三日に印紙代として四〇〇万円が計上されているのみであり、それ以外に収入印紙を購入した旨の記載はない。一方、原告の会計帳簿の昭和六三年分の租税公課勘定には、昭和六三年三月三〇日付けで「大山町土地売買契約書印紙代」として二〇万円の収入印紙を購入した旨の記載がある。

2  本件土地については、昭和六三年三月三〇日の売買を原因として、祐正から原告に対する所有権移転登記が経由されている。

3  原告は、昭和六三年三月三〇日に太陽神戸銀行日本橋支店(現さくら銀行兜町支店。以下「太陽神戸銀行」という。)から、本件土地の代金額に相当する六億一〇〇〇万円の融資を受け、同日全額を本件土地の代金として祐正に支払っている。

4  原告は、原告の会計帳簿の土地勘定欄に、昭和六三年三月三〇日に本件土地を六億一〇〇〇万円で祐正から取得した旨記載をしている。

祐正は、昭和六三年に本件土地を譲渡したとして、その譲渡に係る譲渡所得を昭和六三年分として申告している。

5  原告は、昭和六三年一二月一六日、祐正から現金六〇万円の贈与を受けた。

6  本件土地の昭和六三年三月三〇日時点における時価を、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け国税庁長官通達直資五六、直審(資)一七。以下「評価通達」という。)及び同通達に基づき国税局長が定めた「昭和六三年分相続税財産評価基準」による路線価(土地の面する路線に付された路線価を基にして土地の評価額を算定する方式)に基づいて求めると、右時価は次のとおり一二億二〇五六万八三八四円となる。

(一) 本件土地の一平方メートル当たりの路線価 一四二万円

(二) 本件土地の面積(登記簿による面積) 八九五・三七平方メートル

(三) 本件土地の奥行価格逓減率 〇・九六(本件土地の地形及び各辺の長さは別紙記載のとおりであり、北側のみが道路に面するほぼ長方形の地形であることから、評価通達の一五に基づき右奥行価格補正がされるべきことになる。)

(四) 本件土地の価額((1)×(2)×(3)) 一二億二〇五六万八三八四円

7  被告は、原告は、昭和六三年中に前記5記載の現金の贈与を受けたほか、祐正から「著しく低い価額」により本件土地の譲渡を受けており、相続税法七条の規定により、本件土地の譲渡価額と本件土地の譲渡時の時価との差額に相当する金額を贈与により取得したものとみなされるとして、平成四年三月一二日付けで原告に対し、納付すべき税額を四億一九四六万二六〇〇円とする本件決定処分及び無申告加算税の額を六二九一万九〇〇〇円とする本件賦課決定処分をした。

本件決定処分に係る税額の計算過程は、次のとおりである。

(一) 課税価格 六億一一一六万八三八四円

右金額は次の(1)と(2)の金額の合計額である。

(1) 現金 六〇万円

右金額は原告が祐正から贈与を受けた前記5の現金の額である。

(2) 相続税七条に基づき贈与により取得したものとみなされる金額 六億一〇五六万八三八四円

右金額は、原告が祐正から売買により取得した本件土地の時価一二億二〇五六万八三八四円(前記6記載のとおり)と本件土地の売買価額六億一〇〇〇万円との差額であり、相続税法七条に基づき贈与により取得したとみなされる金額である。

(二) 基礎控除 六〇万円

右金額は、相続税法二一条の五に規定する基礎控除額である。

(三) 納付すべき税額 四億一九四六万二六〇〇円

右金額は、前記(一)の課税価格から前記(二)の基礎控除額を控除した金額六億一〇五六万八〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切捨てた後の金額)に相続税法二一条の七(平成四年法律第一六号による改正前のもの)に規定する税率を適用して算出した金額である。

8  原告は、本件各処分を不服として、平成四年五月八日、東京国税局長に対し異議の申立てを行ったところ、同局長は、同年六月三〇日付けで右異議の申立てを棄却する旨の決定をした。

9  原告は、平成四年七月二九日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成七年五月二六日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二  本件の争点及び争点についての当事者の主張

相続税法七条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨規定しているところ、本件の争点は、(1) 本件土地の譲渡の時期が昭和六二年一二月一五日と昭和六三年三月三〇日のいずれであるか、(2) 本件土地の譲渡の時期が後者とした場合、本件土地の譲渡が右規定にいう「著しく低い価額」による譲渡に該当するかどうか、これに該当するとして右規定によるみなし贈与額がいくらになるかということであり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(被告の主張)

1 原告と祐正との間では昭和六三年三月三〇日に売買契約が成立し、同日売買を原因として祐正から原告に対する所有権移転登記が経由されており、原告が祐正から本件土地の譲渡を受けたのは、同日である。

(一) 被告は、前記一の1ないし4記載の各事実により、本件土地の売買契約の成立の日を右のとおり認定したものである。

(二) 原告が昭和六二年契約書を作成したとする昭和六二年当時、同契約書に貼付されたはずの収入印紙を購入した事実が認められない以上、その原本の作成日とされる昭和六二年一二月の時点では、到底収入印紙の貼付された同契約書が存在していたとみることはできない。そして、原告が存在自体は肯定するものの、いまだ明らかにしていない昭和六三年契約書の作成日に対応する昭和六三年三月三〇日に、二〇万円の収入印紙が本件土地の売買契約書に貼付するため購入されていることからすると、正規の売買契約書は昭和六三年契約書のみであり、この時点で本件売買契約が成立したものとみるのが相当である。

(三) 前記一4の事実は、原告と祐正の双方が、本件土地の売買契約は昭和六三年三月三〇日に成立したものと認識した上、昭和六三年契約書の作成、帳簿処理、所得税の申告を行っていたことを如実に示すものであり、昭和六二年中に本件土地の売買契約が成立した旨の原告の主張とは明らかに矛盾するものである。

2 本件土地の譲渡時における時価は、前記一6記載のとおり一二億二〇五六万八三八四円となる。

3 本件土地の譲渡が著しく低い価額による譲渡に該当すること及び本件土地の譲渡に係るみなし贈与額

前記二記載の本件土地の時価一二億二〇五六万八三八四円と本件土地の代金額六億一〇〇〇万円とを対比すると、右代金額は、本件土地の時価の約半額であり、時価に比べて著しく低額であることは明らかである。したがって、相続税法七条の規定により、原告は、本件土地の時価一二億二〇五六万八三八四円から本件土地の代金額六億一〇〇〇万円を控除した六億一〇五六万八三八四円に相当する金額を祐正から贈与により取得したものとみなされる。

(原告の主張)

1 原告は、昭和六二年一二月一五日、祐正との間で本件土地の売買契約を締結し、同日、本件土地の譲渡を受けたものである。

(一) 原告は、昭和六〇年三月大学を卒業して就職したのを機会に、外国人留学生が快適な環境の中で勉学に集中しうるような賃貸マンションを提供することにより国際文化交流に貢献したいとのかねてからの計画を実現すべく、祐正に対し、本件土地の提供と右賃貸マンションの建築資金の斡旋を依頼したところ、祐正はこれを承諾し、融資の交渉については、原告の叔父の松本承一(以下「承一」という。)に当たらせることとした。

(二) 承一は、建築資金の融資について太陽神戸銀行と交渉したところ、同銀行から、建物所有者と敷地所有者とが異なることは事務処理上問題があるので、同銀行が融資を行うには、原告が本件土地を取得するのが望ましいこと、本件土地の売買は親子間の売買であるから売買代金は低額でよいことの示唆がされ、また、原告が本件土地を取得する場合には、昭和六一年中に賃貸マンションが完成した後、昭和六二年のなるべき早い時期に原告に本件土地の取得資金の融資も行うとの意向が示された。承一はこれを原告に伝え、そこで、原告は、本件土地を取得することとした。

(三) 承一は、本件土地の売買に関し、税務問題が生ずることを懸念し、昭和六二年三月ころ、松本祐商事株式会社(以下「松本祐商事」という。)の顧問である犬井新次郎税理士(以下「犬井税理士」という。)に対し、売買代金額をどうするかについて相談したところ、犬井税理士は、親子間の売買であってもその売買代金額は相続税の路線価を基準として定めなければならない旨、また、昭和六二年の路線価はいまだ発表されていない旨回答した。承一は、その後同年八月ころ、犬井税理士より、昭和六二年の路線価によって計算した価額に照らして、本件土地の価額は六億一〇〇〇万円とするのが相当である旨の連絡を受けた。

(四) 承一は、本件土地の取得資金の融資について太陽神戸銀行と交渉した結果、昭和六二年秋に、同銀行が原告に対し六億一〇〇〇万円を融資することが決まった。

右融資が決まった後、承一は、犬井税理士に対し本件土地の売買契約書の作成を依頼していたところ、犬井税理士は、昭和六二年一二月一五日、松本祐商事に手書きの契約書案を持参し、松本祐商事の不動産課長である小田直哉(以下「小田課長」という。)に右契約書案を基にワープロで右売買契約書を作成するよう指示し、これを受けて小田課長は昭和六二年契約書を作成した。犬井税理士は、右契約書に収入印紙二〇万円を貼付する必要がある旨を指摘し、そこで、祐正は、松本商事の社員に収入印紙を購入して来させ、これを右契約書に貼付した。

(五) 原告と祐正は、昭和六二年一二月一五日、松本祐商事において、承一及び犬井税理士立会いの下に、右のようにして作成された昭和六二年契約書に調印した。

(六) 原告は、本件土地の売買に関する事後の処理手続の一切を小田課長に任せた。

小田課長は、司法書士から国土利用計画法の手続をとるように指示されたので、昭和六三年三月五日、同法二三条一項に基づき、原告及び祐正名義で東京都渋谷区長に対し本件土地売買に係る届出書を提出し、これに対し、同区長は、同年三月一六日付けで不勧告通知をした。小田課長は、国土利用計画法の手続を経ないで本件売買契約書を作成したことは同法に抵触することになることから、不勧告通知のあった後の日付けの昭和六三年契約書を作成し、これを東京都渋谷区長に提出し、その上で本件土地について祐正から原告への所有権移転登記手続を行った。右の登記手続において登記原因を昭和六三年三月三〇日売買としたのは、同法の手続と整合性を保つため、右不勧告通知の後の日とする必要があったからである。

(七) 右のとおり、本件土地の譲渡の時期は、昭和六二年一二月一五日である。

原告の帳簿等の記載は、松本祐商事の社員が機械的にしたものにすぎず、祐正の本件土地の売買に係る所得は昭和六二年分又は昭和六三年分のいずれかを選択して申告することができるのであって、昭和六三年に本件土地の譲渡があったかどうかは重要なことではなく、前記一4の事実は本件土地の譲渡が昭和六三年三月三〇日にされたとの被告主張事実の根拠となるものではない。

2 本件土地の昭和六二年一二月一五日の時点の時価を「昭和六二年分相続税財産評価基準」による路線価に基づき求めると六億一〇〇〇万円となるのであって、本件土地の譲渡は相続税法七条にいう「著しく低い価額」による譲渡には該当しない。

第三争点等についての当裁判所の判断

一  本件土地の譲渡の時期について

1  祐正は原告の間で代金額を六億一〇〇〇万円とする約定で本件土地の売買契約を締結し、本件土地を原告に譲渡したこと、本件土地の売買契約に関しては、昭和六三年契約書が作成されていること、原告の会計帳簿の昭和六二年分の租税公課勘定には、昭和六二年一月二三日に印紙代として四〇〇万円が計上されているのみであり、それ以外に収入印紙を購入した旨の記載はなく、一方、原告の会計帳簿の昭和六三年分の租税公課勘定には、昭和六三年三月三〇日付けで「大山町土地売買契約書印紙代」として二〇万円の収入印紙を購入した旨の記載があること、本件土地については、昭和六三年三月三〇日の売買を原因として、祐正から原告に対する所有権移転登記が経由されていること、原告は、昭和六三年三月三〇日に太陽神戸銀行から、本件土地の売買代金に相当する六億一〇〇〇万円の融資を受け、同日全額を本件土地の代金として祐正に支払っていること、原告は、原告の会計帳簿の土地勘定欄に、昭和六三年三月三〇日に本件土地を六億一〇〇〇万円で祐正から取得した旨記載をしていること、祐正は、昭和六三年に本件土地を譲渡したとして、その譲渡に係る譲渡所得を昭和六三年分として申告していることは、前記第二の一に記載したとおりである。

2  右1記載の事実に証拠(甲六、七、乙四、五、一一、二四)を合わせると、祐正と原告は、昭和六三年三月五日付けで、本件土地の売買に関し、東京都渋谷区長に対し、国土利用計画法二三条一項に基づく届出をし、これに対し、同区長は、同年三月一六日付けで不勧告通知をしたこと、これを受けて、祐正と原告は昭和六三年三月三〇日に代金額を六億一〇〇〇万円とする本件土地の売買契約を締結したこと、原告は、昭和六三年三月初めころ、太陽神戸銀行に本件土地の取得資金として六億一〇〇〇万円の融資の申込みをし、同月三〇日、同銀行から同額の融資を受け、同日、原告は右借入金をもって祐正に対し右代金全額を支払ったこと、祐正と原告は、本件土地について、同日、同日売買を原因として祐正から原告への所有権移転登記を経由したことが認められる。

3  原告は、本件土地の売買契約は昭和六二年一二月一五日に成立したものである旨主張し、これを証するものとして甲四(昭和六二年契約書の写し)を提出し、証人犬井新次郎、原告本人は右主張に沿う供述をし、甲九ないし一一(原告、松本承一、犬井新次郎の各陳述書)にも同趣旨の記載がある。しかしながら、前記1記載の事実及び前記2掲記の証拠並びに次に述べる諸点に照らして、右原告主張に沿う各証拠はいずれも採用できず、甲四の原本である昭和六二年契約書は、本件各処分に係る調査が開始された後、昭和六二年一二月に本件土地の売買契約が締結されたことを仮装するために作成されたものではないかと疑わざるを得ない。

(一) 原告は、昭和六二年契約書の契約条項は、犬井税理士が作成した手書きの契約書案を基に小田課長がワープロで作成したものである旨主張し、証人犬井新次郎はその旨供述し、甲九、一一にも同趣旨の記載があるが、乙四によれば、昭和五八年五月から平成七年五月まで松本祐商事に勤務し、昭和六二年、昭和六三年当時不動産課長をしていた小田課長は、税務職員の行った事情聴取において、自分が昭和六二年契約書(甲四の原本)を作成した事実はない旨明確に否定している。

(二) 甲四からすると、その昭和六二年契約書には二〇万円の収入印紙が貼付されていることがうかがわれる。しかし、原告の会計帳簿の昭和六二年分の租税公課勘定には、昭和六二年一月二三日に印紙代として四〇〇万円が計上されているのみであり、それ以外に収入印紙を購入した旨の記載はないこと、一方、原告の会計帳簿の昭和六三年分の租税公課勘定には、昭和六三年三月三〇日付けで「大山町土地売買契約書印紙代」として二〇万円の収入印紙を購入した旨の記載があることは、前記第二の一記載のとおりであり、右事実からすると、昭和六二年一二月の時点で収入印紙が貼付された昭和六二年契約書が存在したというのは極めて疑わしいといわなければならない。

(三) 原告は、甲四の原本である昭和六二年契約書は紛失したとしこれを提出していないが、このような重要な書類を紛失したというのは不自然であるし、原告本人、証人犬井新次郎の右契約書紛失の経緯についての供述はあいまいでにわかに首肯できないものである。

また、この点に関し、原告本人、証人犬井新次郎は、原告に対する税務調査が行われた際、甲四の原本を武蔵野税務署に持参し、担当の税務職員に示した旨供述し、甲九、一一にも同趣旨の記載があるが、証拠(乙五、七、証人萩原光一)によれば、担当の税務職員である萩原光一は、原告に対し、平成元年五月一五日付けの「贈与税の申告についてのご案内」と題する書面を送付し、取得資産の買入価額、建築価額が分かる契約書等の書類、印章及び借入金返済状況の分かる書類(ローン計算書、通帳)等を持参して、同月二五日に同税務署に来署するよう依頼したところ、原告が犬井税理士とともに同日ころに来署したが、原告らが持参した右の各書類はすべてコピーであって、甲四の原本は持参しなかったことが認められ、右原告本人、証人犬井新次郎の各供述及び甲九、一一の各記載はたやすく信用できない。

(四) 乙四によれば、松本祐商事の代表取締役である祐正、小田課長は、昭和六二年当時、いずれも宅地建物取引主任者の資格を有しており、本件土地の売買に国土利用計画法の規制の適用があることは渋谷区役所に説明を受けるまでもなく、当初から承知していたことが認められるところ、昭和六二年一二月一五日に本件土地の売買契約が締結されたとすると、国土利用計画法の手続をしないまま売買契約がされたことになる。しかし、不動産取引については専門家である祐正らがそのようなことをするというのは考えにくいことである。

証拠(乙三、五、証人萩原光一)によれば、本件各処分に係る調査を担当した税務職員である萩原は、売買契約が国土利用計画法の手続を行う前にされているのが不自然であることなどから、犬井税理士にそれらの点について説明をしてほしい旨要請したところ、平成元年八月一日ころ、原告側から乙三の上申書等が提出されたこと、右上申書には、祐正と原告は昭和六二年一二月一五日に本件土地の売買契約書に調印したが、「最近土地価額の急騰により関係行政庁が取引に規制を加えていることを人から知らされたので、あわてて渋谷区役所に赴き説明を受けたところ、昭和六二年一一月一日以降の取引については一〇〇平方メートルの土地については規制があるとのことでしたが、規制の内容が抽象的であったので、契約書に特約条項を入れて、司法書士とも相談して移転登記はしばらく見合わせることとしました。」旨記載されていることが認められる。

しかし、前記のとおり、祐正及び小田課長らは、本件土地の売買に国土利用計画法の規制の適用があることは既に承知していたものと認められるのであって、この点において右上申書の記載は事実に反しており、また、甲四(昭和六二年契約書の写し)には、第二条に「本件物件の売買に関しては、国土利用計画法の規制により所有権移転登記手続は渋谷区長に対する同法の届出をなし、同区長の不勧告通知をまって行うこととする。」旨記載されているのであって、右上申書の右記載部分は甲四の内容とも矛盾するものである。

さらに、甲四には、特約事項として、「国土利用計画法に基づき渋谷区長に対する届出書類として本契約書以外に別途契約書の作成を認める。」旨の記載があるが、親子間の土地の売買において、右のような条項を入れる必要があるとは考えられず、極めて不自然な条項といわざるを得ない。

二  本件土地の譲渡が相続税法七条に規定する「著しく低い価額」による譲渡に該当するかどうか、これに該当するとした場合の同条の規定によるみなし贈与額が幾らかになるかについて

1  前記第二の一6記載のとおり、評価通達及び同通達に基づき東京国税局長が定めた「昭和六三年分相続税財産評価基準」に基づいて本件土地の譲渡時(昭和六三年三月三〇日)の時価を求めると、右時価は一二億二〇五六万八三八四円となる。

ところで、証拠(乙一五、一六)及び弁論の全趣旨によれば、当時においては、各年分の相続税財産評価基準による路線価は、前年の七月一日を基準日とする評価に基づいて定められていたことが認められ、右によれば、本件土地の譲渡時の時価は右の一二億二〇五六万八三八四円を下回ることはないと認めるのが相当である。

2  財産の譲渡が相続税法七条の規定にいう「著しく低い価額」による譲渡に該当するかどうかは、当該財産の譲渡の事情、当該財産の譲渡価額と相続税評価額との対比、同種の財産の市場価額の動向等を勘案して社会通念に照らして判断すべきものと解される。

証拠(乙四、七ないし一〇、一五、一六、二二、証人犬井新次郎)及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の売買の当事者である祐正と原告とは親子関係にあり、売買価額を自由に設定できる事情にあったこと、本件土地の譲渡価額は前記第二の一記載のとおり六億一〇〇〇万円であり、右譲渡価額は、評価通達に基づき算定された本件土地の譲渡時の時価である一二億二〇五六万八三八四円の約二分の一にすぎないこと、本件土地が接する道路に付された昭和六三年分の路線価(昭和六二年七月を基準に評価されたもの)は一平方メートル当たり一四二万円であり、昭和六二年分の路線価(昭和六一年七月を基準に評価されたもの)は一平方メートル当たり七一万円であって、当時、本件土地付近の地価は著しく高騰していたこと、犬井税理士は、祐正らに対し、本件土地の売買価額は、昭和六二年分の路線価によって算定したところにより六億一〇〇〇万円とするのが相当である旨アドバイスをし、これにより祐正と原告は本件土地の代金額を六億一〇〇〇万円と定めたこと、当時、各年分の相続税財産評価基準による路線価のうち県庁所在地の最高路線価及び各税務署管内別の最高路線価は当年の一月中旬ころ発表され、新聞にもその主要な部分が掲載されていたこと、また、全体の路線価については、当年の四月中に路線価図を各国税局及び当該土地を管轄する各税務署に備え置き、納税者の閲覧に供して知らせることとされていたこと、松本祐商事は、祐正を代表取締役として不動産等を担保とする金融業を営んでおり、松本祐商事の小田課長は、本件土地を含め松本祐商事、その関係会社や祐正一族が所有している土地の路線価を定期的に調べていたことが認められ、また、右に認定した事実からすれば、松本祐商事の代表取締役である祐正は、その営業上の必要から地価の動向については十分にこれを把握をしており、昭和六三年一月中旬ころ公表された県庁所在地等の最高路線価の状況をみて昭和六三年の路線価が昭和六二年の路線価を大きく上回る事態になることを知ったものと推認される。

以上の事実関係の下では、祐正から原告に対する本件土地の譲渡は、社会通念に照らし、相続税法七条に規定する「著しく低い価額」による譲渡に該当するものと認めるのが相当である。

したがって、相続税法七条の規定により、本件土地の時価と本件土地の譲渡価額の差額である六億一〇五六万八三八四円に相当する金額が、祐正から原告に対して贈与されたものとみなされる。

三  本件決定処分の適法性について

原告が、昭和六三年一二月一六日、祐正から現金六〇万円の贈与を受けたことは、前記第二の一5に記載したとおりであり、右六〇万円に前記二に認定した相続税七条に基づき贈与により取得したものとみなされる金額六億一〇五六万八三八四円を加算した金額六億一一一六万八三八四円を課税価格とし、前記第二の一7記載のとおり原告の昭和六三年分の贈与税の額を計算すると納付すべき税額は四億一九四六万二六〇〇円となる。

したがって、納付すべき贈与税の税額を右と同額とする本件決定処分は適法である。

四  無申告加算税の賦課決定処分の適法性について

国税通則法二五条による決定があった場合には、同法六六条一項一号により、当該納税者に対し、右決定に基づき納付すべき税額に一〇〇分の一五の割合を乗じて計算した金額に相当する無申告加算税が賦課されるものとされているところ、本件決定処分に基づき原告が納付すべき税額は四億一九四六万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)であるから、原告は右納付すべき税額に一〇〇分の一五を乗じて計算した六二九一万九〇〇〇円に相当する無申告加算税が課されるべきことになる。

したがって、無申告加算税の額を右と同額とする本件賦課決定処分は適法である。

第三結語

以上の次第で、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)

物件目録

一 所在 東京都渋谷区大山町

二 地番 一〇六〇番二

三 地目 宅地

四 地積 八九五・三七平方メートル

別紙

本件土地の地形等図

〈省略〉

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